青島幸男さん、結核~悪性リンパ腫~骨髄異形成症候群の闘病経緯

青島幸男さんは、2006年12月20日、74歳のときに「骨髄異形成症候群」という病気によってこの世を去りました。

青島幸男さんと言えば、『超マルチタレント』と呼ばれ、作詞家・作家・俳優・映画監督・政治家など…その名の通り“マルチ”な才能で、昭和から平成の一時代を築き上げた人物でした。

“サラリーマンは気楽な稼業と来たもんだ”と、植木等さんがサラリーマン社会をシニカルな視点で歌い上げる『スーダラ節』は、戦後の日本を笑いで明るく盛り上げた歌として今でも語り継がれる名曲ですが、その作詞を手掛けた人物としても知られています。

そんな青島幸男さんですが、意外にも若い年齢から病気に悩まされ、そのことがきっかけで『スーダラ節』の世界観が生まれた…という説もあります。

今回は、そんな青島幸男さんが闘病した「骨髄異形成症候群」、そして、「骨髄異形成症候群」になるきっかけとなったとされる「悪性リンパ腫」の闘病経緯について紹介します。

スポンサードリンク



悪性リンパ腫~骨髄異形成症候群闘病した青島幸男さんのプロフィール


「オレが都知事だぁ~!」をAmazonで購入する

●生年月日:1932年7月17日
●出身地:東京府東京市日本橋区(現:中央区)
●最終学歴:早稲田大学 大学院 商学研究科 中退

 

悪性リンパ腫~骨髄異形成症候群闘病した青島幸男さんの経歴


「CDジャーナルムック 青島幸男読本」をAmazonで購入する

 

青島幸男さんは、早稲田大学在学中、卒業し就職をする間近に「結核」を患い、療養生活を余儀なくされます。

「結核」は、結核菌という細菌による慢性感染症で、明治時代から1950年代以前は、日本人の死因のトップとなっていた国民病とも言える大病でした。

やむを得ず大学院に籍を置いていた青島幸男さんでしたが、身の保証など何一つない立場に追いやられた自身を憂い、“サラリーマンがナンボのもんじゃい”と考えるようになったといいます。

この青島幸男さんの療養生活が、『スーダラ節』の世界観が誕生したきっかけとも言われているのです。

 

 

療養生活中に書いた漫才の台本がNHKのコンクールで採用されたことをきっかけに放送作家としてのキャリアをスタートさせると、『超マルチタレント』としての道を歩み始めました。

青島幸男さんは、放送作家である自身も登場する番組『シャボン玉ホリデー』(日本テレビ)で一躍有名に。

番組で共演したハナ肇とクレージーキャッツによる『スーダラ節』では、作詞家として作品に携わり、爆発的な大ヒットを記録しました。

その後も、青島幸男さんは、作詞家として、坂本九さんのヒット曲で知らる『明日があるさ』(1963年)なども手掛けました。


「スーダラ節」をAmazonMusicで視聴する

 

 

さらに、俳優や映画監督などマルチな才能を発揮した青島幸男さん。

1967年には、長谷川町子さん原作のテレビドラマ『意地悪ばあさん』では、主人公・意地悪ばあさん(波多野たつ)役で主演し、当たり役となりました。

 

そして、1968年からは、政治家としての活動を開始。

同年、参議院議員通常選挙に立候補し、初当選を果たしました。

超人気タレントであったことから、自らは街頭演説などの選挙運動を一切しないことでも話題となりました。

1995年には、参議院議員を辞職し、東京都知事選挙に出馬し当選すると、1999年まで都知事の職をつとめました。

青島幸男さんの「悪性リンパ腫闘病」の経緯


「告訴せず」をPrimeVideoで視聴する

青島幸男さんは、都知事として出馬をする約3年前、1991年に悪性リンパ腫が発覚します。

 

悪性リンパ腫には様々な種類がありますが、青島幸男さんが闘病していた悪性リンパ腫は『慢性膿胸関連リンパ腫』というもの。

これは、青島幸男さんが学生時代に闘病していた「結核」が原因による湿性肋膜炎(膿胸)があったところに悪性腫瘍が発生したものとされています。

一般的にも、『慢性膿胸関連リンパ腫』は、若い頃に、結核の治療で人工気胸術を受けた者に多いとされています。

 

当初は胸ににぶい痛みを感じる程度だったそうですが、次第に痛みが増し、背中にもしこりを感じることになっていったそうです。

青島幸男さんは、当時出演していたレギュラー番組を降板し、悪性リンパ腫の治療に専念。

切除手術を行い、その後は、抗がん剤による治療を行い、大変だったと語る副作用も乗り越え、見事に悪性リンパ腫を克服しました。

 

しかし、この時の抗がん剤治療が、後の「骨髄異形成症候群」を患う一因にもなった…という説もあるようです。

 

参考:青島幸男さんが闘病した「悪性リンパ腫」とは?

 

青島幸男さんが闘病した「悪性リンパ腫」は、血液細胞に由来するがんの1つで、白血球の一種であるリンパ球が がん化した病気です。

現在、悪性リンパ腫にかかる方の割合は、年間10万人あたりのうち約10人と言われています。

青島幸男さん以外にも、悪性リンパ腫になった芸能人・有名人たちは多く、元フジテレビアナウンサーの笠井信輔さん、石ノ森章太郎さん、ロックバンドSOPHIAの都啓一さんなど、数多くの有名人たちが闘病している病気です。

 

悪性リンパ腫になった芸能人・有名人たちまとめ

 

青島幸男さんの「骨髄異形成症候群」の闘病経緯

1991年に発症した悪性リンパ腫を見事に乗り越え、1995年には都知事として当選も果たした青島幸男さん。

1999年の任期満了で都知事の職を退任すると、その後は、タレントとして俳優や作家活動をされていました。

しかし、2006年12月20日、74歳のときに「骨髄異形成症候群」により、この世を去りました。

 

青島幸男さんが闘病した「骨髄異形成症候群」とは?

それでは、青島幸男さんが闘病した「骨髄異形成症候群」とは、どのような病気なのでしょうか?

 

「骨髄異形成症候群」とは、造血幹細胞の異常によって起こる病気で、具体的には、造血幹細胞が成熟した血球に順調に成長できなくなり、結果として白血球減少、貧血、血小板減少が起こるとされています。

減少する血球の種類によって、その症状は異なり、赤血球減少であれば体のだるさ・息切れ・動悸など、白血球の減少であれば抵抗力の低下による様々な感染症の発症、血小板減少であれば皮下出血・内出血ができやすく、鼻血、歯ぐきからの出血などがあるとされています。

 

その原因はほとんどの場合は不明ですが、抗がん剤や放射線による治療の副作用として発症する一因になるとも言われ、青島幸男さんの場合、悪性リンパ腫(慢性膿胸関連リンパ腫)の治療のために行った抗がん剤治療が、「骨髄異形成症候群」を発症する一因になったのではないかと言われています。

 

以下は、以下は、がん研究の権威・国立がん研究センターホームページ(https://ganjoho.jp/)からの引用です。

骨髄異形成症候群の症状

骨髄異形成症候群では、血液細胞が減少し、正常に働かなくなるためにさまざまな症状があらわれますが、無症状のまま、健康診断の血液検査で血球減少などの異常により見つかる場合も多くあります。

症状のあらわれ方は、患者さんによって異なります。具体的には、赤血球減少による顔色不良、全身倦怠(けんたい)感、動悸(どうき)、息切れなどの症状や、血小板減少による皮膚・粘膜の点状出血や鼻出血などの症状があります。

白血球の1つである好中球の減少や機能低下により感染症にかかりやすくなり、発熱などを伴うことがあります。

 

骨髄異形成症候群の原因

ほとんどの場合、原因は不明です。

骨髄の細胞の染色体を調べると、約50%に染色体異常がみられますが、これは先天的なものではなく、人に遺伝したり感染したりすることはありません。

ただし、骨髄異形成症候群の中には、「治療関連骨髄異形成症候群(MDS)」と呼ばれるものがあり、これは過去に他のがんに対して細胞障害性抗がん剤の治療や放射線治療を受けた数年後に、いわば治療の副作用として発症します。

こうしたことから、何らかの原因によって血液をつくる細胞に遺伝子の異常が生じ、これが発症に関与すると考えられています。

引用:国立がん研究センター がん情報サービス