癌(がん)闘病経験のあるパラリンピック出場候補のアリス―ト

 

今回は、癌(がん)闘病の経験のあるパラアスリートの方を紹介します!

今回するみなさんは、全員が2020年TOKYOパラリンピック出場の期待がかかる選手たちばかりです。

来年に向けて、”これからパラリンピックの競技について詳しくなりたい!でも何から調べればいいか分からない”…という方は、本記事をご参考にしていただければ幸いです。

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19才で骨肉腫を発症、谷真海 選手(トライアスロン)

●名前:谷 真海(たに まみ)
●生年月日:1982年3月12日(36才)
●出身地:宮城県気仙沼市
●学歴:早稲田大学商学部卒業
●所属:サントリーホールディングス株式会社

パラトライアスロンの谷真海選手は、2013年、国際オリンピック委員会(IOC)総会で招致プレゼンテーションを行った人物のひとり。

東京オリンピック・パラリンピック開催に貢献し、まさに“TOKYO2020 パラリンピックの顔”といっても過言ではありません。

最近では、義足のアスリートとして、保険会社アフラックのCMにも出演されていました。


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谷さんは、19才の時、骨のがん、「骨肉腫」(こつにくしゅ)の診断を受けました。

2001年、大学生2年生の秋、谷さんは、右足首に痛みが発症。最初は捻挫だと思い、チアの大切な試合なども控えていたため、テーピングやアイシングをして過ごしていたそうです。その後、整形外科でレントゲンを撮ったところ足の異変が判明し、その日のうちに大学病院へ行き検査を行ったところ、骨肉腫の診断を受けます。

谷真海 選手のがん闘病の経緯を詳しく調べる

5才でデスモイド腫瘍を発症、芦田創選手(陸上競技)


●名前:芦田創(あしだ はじむ)
●生年月日:1993年12月8日(25才)
●身長/体重:179cm/67kg
●学歴:早稲田大学
●所属:トヨタ自動車
●種目:走幅跳

芦田選手は、5才のとき、右腕にデスモイド腫瘍を発症。腫瘍の摘出手術や放射線治療の中の過程で、右腕が短く、指・手首・肘には機能障がいが残りました。

陸上は15才からはじめ、早稲田大学へ進学すると、世界大会で優秀な成績をおさめます。

そして、2016年のリオパラリンピックでパラリンピック初出場を果たすと、男子4×100mリレー(T42-47) の部で銅メダルを獲得しました。

2020年の東京オリンピックでは、芦田選手が最も得意とする走り幅跳びで金メダル獲得を目指しています。

12才で骨肉腫を発症、高桑早生選手(陸上競技)

●名前:高桑早生(たかくわ さき)
●生年月日:1992年5月26日(27才)
●出身地:埼玉県熊谷市
●学歴:慶應義塾大学総合政策学部
●所属:NTT東日本

高桑選手は、小学6年生のときに左足に骨肉腫を発症。中学校1年生のときに受けた手術でがん細胞が見つかり、左脚膝下を切断。

陸上は高校生のときに本格的にスタートし、才能を一気に開花させます。20歳でロンドンパラリンピックでパラリンピック初出場を果たすと、2016年のリオパラリンピックで2大会連続出場を果たしました。TOKYO2020では、3回目の出場を目指します。

ちなみに現在はNTT東日本に所属している高桑選手ですが、以前はレコード会社のエイベックスに所属していました。その際、音楽プロデューサーの小室哲哉さんが高桑選手のために制作したオリジナル楽曲が『one more run』です。

 

13才で骨肉腫を発症、秦由加子 選手(トライアスロン)

●名前:秦由加子(はた ゆかこ)
●生年月日:1981年4月10日(38才)
●出身地:千葉県
●所属:キヤノンマーケティングジャパン・マーズフラッグ・稲毛インター

秦選手は、13才のときに左足に骨肉腫を発症し、右太ももから下を切断しました。

水泳は3才から10才まで選手コースに通うほどの実力でしたが、再びはじめたのは手術から10年以上も後、社会人3年目の2007年のときでした。

運動不足を解消するためにはじめたという水泳でしたが、翌年2008年に障がい者の水泳大会に出場すると、その後、国内外の大会にも出場するようになりました。

2013年にトライアスロンに転向し、好成績を残すと、2016年リオパラリンピックでパラリンピック初出場。TOKYO2020では、2回目の出場を目指します。