阪神タイガース・横田慎太郎さん、脳腫瘍の闘病経緯

阪神タイガースに所属したプロ野球選手・横田慎太郎さんは、2023年、28歳のときに脳腫瘍によりこの世を去りました。

この記事では、横田慎太郎さんの闘病経緯や、闘病にまつわるエピソードについて紹介しています。また、横田慎太郎さんが闘病した脳腫瘍という病気についても、信頼できる情報をもとに紹介しています。

※この記事は、本人や関係者の公表、報道などで確認できる情報をもとに作成しています。公開されていない情報は扱いません。

脳腫瘍と闘った横田慎太郎さん、阪神タイガース時代はどんな選手だった?

▶画像:栄光のバックホーム 横田慎太郎、永遠の背番号24 (幻冬舎文庫) 

 

横田慎太郎さんは、1995年6月9日生まれ、鹿児島県出身のプロ野球選手でした。

高校は鹿児島県の野球名門校・鹿児島実業高校に進学。2013年のプロ野球ドラフト会議で阪神タイガースから2位指名を受け、プロ入り。恵まれた体格と高い身体能力を持つ左投左打の外野手で、将来の主力選手として期待されていました。

プロ3年目の2016年には、開幕戦で「2番・中堅」として一軍スタメンに抜擢されます。この年は一軍で38試合に出場し、20安打、打率.190、4打点、4盗塁を記録。

そして、プロ4年目を迎える2017年は、いよいよ勝負の年として大きな期待をされていました。

【横田慎太郎さんのプロフィール】
・生年月日:1995年6月9日
・出身地:鹿児島県
・身長:187cm
・体重:94kg
・投打:左投左打
・ポジション:外野手
・出身高校:鹿児島実業高校
・プロ入り:2013年ドラフト2位
・所属球団:阪神タイガース(2014~2019年)
・背番号:24(入団時)、124(育成契約後)

 

参照リンク:日本野球機構(NPB)個人年度別成績

 

横田慎太郎さん、脳腫瘍の闘病経緯

▶楽天市場:奇跡のバックホーム/横田慎太郎 

 

横田慎太郎さんの闘病の経緯について、脳腫瘍の発覚から治療、現役引退、その後の活動、そして逝去までを、公開情報に基づいて時系列で紹介します。

 

脳腫瘍が判明し、緊急でキャンプを離脱(2017年2月)

横田さんは、阪神タイガース在籍中、21才のときに脳腫瘍を発症しました。プロ野球選手として4年目を迎えようとしていた2017年2月、沖縄での春季キャンプ中に頭痛や視界の異常などの症状があり、キャンプを離脱することに。精密検査の結果、脳腫瘍と診断され、入院して治療を受けることになりました。

 

手術と長期の闘病生活(2017年3月以降)

横田さんは手術を受け、そして抗がん剤治療や放射線治療なども受け、「厳しい治療もあった」と当時の取材で振り返っています。
当時のスポーツ紙によれば、手術は合計2回、約18時間に及ぶ大手術であったと報じています。

 

寛解と闘病の公表(2017年8〜9月)

球団の発表によると、8月30日の最終検査で、病状が安定した状態である「寛解」と診断されました。9月2日に選手寮へ戻り、翌3日に報道陣に対して病気と闘病を公表。それでも、横田さんは、医療関係者や球団、チーム、励ましを寄せたファンへの感謝を述べ、復帰を目指す意向を示しました。

 

復帰への挑戦(2018年)

横田さんは支配下登録から育成契約に移行し、育成選手としてリハビリを継続。入団当時からつけていた背番号24をいったん離れて、復帰を目指したトレーニングを続けました。

 

視力への影響などから現役引退を決断(2019年9月)

阪神タイガース入団から6年目の2019年、9月22日、横田さんは現役引退を表明しました。脳腫瘍の治療後も視力の問題が残り、打球や投球が二重に見えるなど、プレーに支障があったことを明かしました。

 

引退試合で「奇跡のバックホーム」(2019年9月26日)

 

横田さんは引退発表後、阪神の二軍公式戦で現役最後の試合に出場しました。この試合で、横田さんはセンターの守備につきました。そして、センター前に飛んできた打球をしっかりキャッチすると、本塁へのノーバウンド送球。見事に走者をアウトにしました。このプレーは後に“奇跡のバックホーム”と呼ばれ、横田さんの野球人生を象徴する出来事として知られるようになりました。

 

脊髄の腫瘍が判明し、再び闘病(2020年9月以降)

横田さんは引退後、脊髄に腫瘍が見つかり、再び治療を受けたことを2021年に公表しました。足や腰の痛みをきっかけに受診し、脊髄の腫瘍が判明した経緯を語っています。抗がん剤治療や放射線治療を受けたことも報じられました。

 

闘病経験を伝える活動(2021年4月以降)

横田さんは、その後も自身の闘病や野球人生について発信し、同年には著書『奇跡のバックホーム』を出版しました。講演活動などにも取り組み、自身の経験を若い世代にも伝えていきました。

 

脳腫瘍が再々発(2022年3月)

報道によると、横田さんの脳腫瘍は2022年3月頃に再々発したとされ、その後も治療が続きました。

 

治療を終えて療養し、7月18日に逝去(2023年春〜7月)

報道によれば、横田さんは2023年春に治療を終え、療養生活に入っていました。そして、6月9日に28歳の誕生日を迎えた後、7月18日午前5時42分、脳腫瘍のため逝去されました。

 

参照記事

横田、脳腫瘍を告白 現在は寛解「厳しい治療もあった」(デイリースポーツ)
横田慎太郎、脳腫瘍の闘病に関する報道(日刊スポーツ)
横田慎太郎、脳腫瘍の闘病と寛解について(日刊スポーツ)
横田慎太郎の育成契約に関する報道(日刊スポーツ)
横田慎太郎の闘病と現役時代に関する報道(スポニチ)
横田慎太郎選手の現役引退に関する発表(阪神タイガース公式サイト)
横田慎太郎、脳腫瘍と闘った現役生活(週刊ベースボールONLINE)
阪神・横田が激白1時間 脳腫瘍で闘病…野球の神様が「見てくれていた」(スポニチ)
横田慎太郎さんの闘病と「奇跡のバックホーム」に関する報道(日刊スポーツ)
横田慎太郎さんの闘病と「奇跡のバックホーム」(テレ朝POST)
元阪神の横田慎太郎さんを襲った脳腫瘍 語っていた症状は-(デイリースポーツ)
阪神・横田慎太郎さんの脳腫瘍再発と闘病経緯(スポニチ)
横田慎太郎さんの逝去に関する報道(日刊スポーツ)
横田慎太郎さんの追悼セレモニー(阪神タイガース公式サイト)

 

横田慎太郎さんが起こした奇跡!そして、栄光のバックホームへ

奇跡のバックホームから、栄光のバックホームへ (幻冬舎文庫) [ 秋山純 ]

 

横田慎太郎さんの野球人生を語るうえで欠かせないのが、2019年9月26日の引退試合で見せた「奇跡のバックホーム」です。

しかし、「奇跡」と呼ばれたこのプレーは、後に「奇跡」から「栄光」へと意図して変更された背景があったことをご存知でしょうか?

奇跡のバックホーム

2017年に脳腫瘍が判明してから、横田さんは長い闘病生活を送りました。治療を経て復帰を目指しましたが、後遺症として視力に影響が残り、ボールが二重に見えるなど、野球選手としてプレーを続けることが難しい状況でした。

そして2019年9月22日、現役引退を発表。同月26日、阪神の二軍本拠地・鳴尾浜球場で引退試合に臨みました。

試合終盤の8回、横田さんは中堅の守備位置につきます。すると、二塁走者がいる場面でセンター前に打球が飛びました。横田さんは打球を捕球すると、本塁へ向かって力強く送球。そのボールはノーバウンドでキャッチャーのミットに届き、本塁へ突入した走者をアウトにしました。

脳腫瘍の後遺症によってボールが二重に見える状態でありながら、最後の試合で見せたこのプレー。多くの人々に感動を与え、「奇跡のバックホーム」として語り継がれることになりました。試合後、横田さんは「本当に神様がいてくれたからだと思います」と振り返っています。

現役最後の試合で見せたこのプレーは、病気と闘いながらも最後まで野球を諦めなかった横田さんの姿を象徴する出来事となりました。

そして、栄光のバックホームへ

ちなみに、このプレーは後に『栄光のバックホーム』というタイトルでも知られるようになります。

2025年には、横田慎太郎さんの人生を描いた映画『栄光のバックホーム』が公開されました。当初、映画のタイトルは横田さん自身の著書と同じ『奇跡のバックホーム』でしたが、製作総指揮の見城徹さんの提案によって変更されました。

見城さんは、引退試合で見せた奇跡のバックホームこそが、横田さんの栄光への始まりだったという思いを込めたといいます。

一度の奇跡的なプレーだけでなく、病気と闘い、家族や仲間に支えられながら懸命に生きた横田さんの人生そのものを伝えたい。そんな思いが、新しいタイトルには込められているのです。

 

阪神・横田慎太郎さんが闘病した「脳腫瘍」とは?

脳腫瘍とは、頭蓋骨(頭の骨)の内側にできる腫瘍の総称です。脳そのものだけでなく、脳を包む膜や神経など、頭蓋骨の内部にあるさまざまな組織から発生します。

脳腫瘍とはどんな病気?

脳腫瘍は、大きく分けると「原発性脳腫瘍」と「転移性脳腫瘍」の2種類があります。原発性脳腫瘍は、脳やその周辺の組織から直接発生する腫瘍です。一方、転移性脳腫瘍は、肺がんや乳がんなど、ほかの臓器にできたがん細胞が血液の流れなどを通じて脳に移り、増殖したものです。また、原発性脳腫瘍には良性と悪性があり、さらに細かく分類すると100種類以上に分けられます。代表的なものには、神経膠腫(グリオーマ)や髄膜腫などがあります。

脳腫瘍ができる場所や大きさによって、現れる症状は異なります。一般的には、頭痛や吐き気、視覚の異常、手足のしびれなどが症状として挙げられています。

脳腫瘍は何歳くらいで発症する?

脳腫瘍は、子どもから高齢者まで幅広い年齢で発生する病気です。ただし、腫瘍の種類によって発症しやすい年齢には違いがあります。

国立がん研究センターの全国がん登録(2016~2019年)に基づくデータを見ると、例えば、神経膠腫の一種である膠芽腫の診断時年齢の中央値は69歳、髄膜腫では72歳となっています。一方、毛様細胞性星細胞腫では17歳となっており、種類によって年齢層が大きく異なります。

このように、脳腫瘍は特定の年齢だけに発生する病気ではありません。

なお、ここで紹介しているのは脳腫瘍全般に関する一般的な情報です。横田慎太郎さんの脳腫瘍について、具体的な組織型や悪性度などを確認できる公表資料は確認できないため、横田さんがどの種類の脳腫瘍を患っていたのかについては断定できません。

 

脳腫瘍にかかる治療費は?

脳腫瘍の治療費は、腫瘍の種類や状態、治療方法、入院期間などによって異なります。手術だけでなく、放射線治療や薬物療法を組み合わせる場合もあり、一律にいくらかかるとはいえません。

ただし、公的医療保険が適用される治療であれば、一定の条件のもとで「高額療養費制度」を利用できます。これは、1か月に医療機関や薬局で支払った医療費が自己負担限度額を超えた場合、超過分が払い戻される制度です。自己負担限度額は年齢や所得によって異なります。

脳腫瘍の治療では、長期の入院や通院が必要になることもあります。治療費だけでなく、入院中の食事代や差額ベッド代、通院にかかる交通費なども考慮しておくことが大切です。

 

●参照リンク:

・ 国立がん研究センター がん情報サービス「脳腫瘍〈成人〉について」
・ 国立がん研究センター がん情報サービス「脳腫瘍〈成人〉治療」
・ 国立がん研究センター 希少がんセンター

まとめ

今回は、横田慎太郎さんの脳腫瘍の闘病について、病気の公表から治療、その後の歩みまでを紹介しました。また、脳腫瘍という病気の基礎知識や治療費についても解説しました。

横田さんの歩みを通じて、病気について知り、健康や日々の暮らしについて考えるきっかけになれば幸いです。

そして、この記事が、何かを考える際の小さな手がかりとなればうれしく思います。

※本記事は一般的な情報提供を目的としており、医療上の判断や個別の保険選びを勧めるものではありません。