プロ野球界の親分・大沢啓二さんの胆嚢がん闘病の経緯

プロ野球界で活躍された大沢啓二さんは、2010年、78歳のときに胆嚢(たんのう)がんによってこの世を去りました。

大沢啓二さんと言えば、現役時代は南海ホークスの選手としてプレーし、引退後はロッテ、日本ハムの監督してプロ野球界を牽引してきた人物です。

監督時代は、その風貌や口調から”大沢親分”の愛称で親しまれ、1993年には「親分」が流行語大賞を獲得。監督引退後も、テレビ番組に出演し、日本のプロ野球界を大いに盛り上げました。

また、タレントの大沢あかねさんは、この大沢啓二さんのお孫さんであったことも話題になりました。

今回は、大沢啓二さんの胆嚢(たんのう)がんの闘病の経緯についてご紹介します。

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大沢啓二さんのプロフィール


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●出身地:神奈川県藤沢市
●生年月日:1932年3月14日
●身長/体重:173cm/77kg
●投球/打席:右投右打
●ポジション:外野手
●プロ入り:1956年
●現役時代:南海ホークス (1956年―1964年)~東京オリオンズ (1965年)
●監督・コーチ歴:東京オリオンズ/ロッテオリオンズ (1966年ー1972年)~日本ハムファイターズ (1976年ー1984年、1993年~1994年)

現在では”当たり前のプレー”のパイオニア

大沢さんは、立教大学野球部を経て、1956年、南海ホークス(現・ソフトバンクホークス)に入団しました。

外野手として1年目からオールスターゲームに出場するなど活躍。

内野手も務める器用な選手でしたが、外野手としては、”打者の打球傾向によって守備位置を変える”という、現在では当たり前になっているプレースタイルで、要所要所で好守備ぶりを発揮し、チームの勝利に貢献してきました。

1965年に引退し、通算成績は、501安打、17本塁打でした。

 


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監督時代、そして人気野球解説者として活躍

監督時代は、”親分ぶり”を多分に発揮し、監督としての退場7回は当時の最多記録でした。

1994年シーズンは最下位に終わり、最終戦終了後には、ファンの前で土下座して謝罪したことも話題となりました。

現役引退後は、野球解説者やテレビ番組などにたびたび出演し、お茶の間の人気者に。

特に、現在も続くTBS系『サンデーモーニング』内のコーナー「週刊御意見番」では、同じく球界OBの張本勲さんらと共にレギュラー出演。大沢さんの”喝!”や”アッパレ!”のコメントは、多くの視聴者が楽しみにしていました。

大沢啓二さんの胆嚢(たんのう)がん闘病の経緯


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大沢さんは、2009年10月頃、77才のとき胆嚢(たんのう)がんが発症しました。

当時は、病と闘いながらも『サンデーモーニング』にも通常通り出演されていました。

 

しかし、それから約1年後の2010年9月、胆嚢がんが悪化し入院。

『サンデーモーニング』にも2週に渡り出演できず、その際、”体調不良”であることが公表されましたが、詳しい病状については明かされていませんでした。

そして、入院から約3週間後の10月7日、大沢さんは78才でこの世を去りました。

 

大沢親分の孫・大沢あかねさんは、ちょうど大沢親分が入院をされた2010年9月に第一子を出産。

当時、「曾孫を見せることができたのが最後のおじいちゃん孝行だったと信じたいです」とコメントされていました。


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大沢啓二さんが闘病した「胆嚢(たんのう)がん」とは?

今回は、大沢啓二さんの胆嚢(たんのう)がんの闘病の経緯を紹介しました。

それでは、そもそも「胆嚢(たんのう)がん」とはどのような病気なのでしょうか?

以下は、がん研究の権威・国立がん研究センターホームページ(https://ganjoho.jp/)からの引用です。

1.胆のうについて
胆のうは肝臓の下にあり、肝臓でつくられた胆汁という消化液をいったんためておく袋のような臓器です。
食事をすると、胆のうはその情報を受けて、ためておいた胆汁を排出します。
胆汁は胆のう管から胆管を通って十二指腸に流れ込み、消化を助けます。
胆のう、胆管、乳頭部を合わせて胆道と呼びます。

図1 肝臓と周辺の臓器の構造

2.胆のうがんとは
胆のうや胆のう管にできた悪性腫瘍を胆のうがんといいます。また胆のうがん、胆管がん、乳頭部がんを合わせて胆道がんと呼びます。

胆のうがんの高い危険因子として、膵(すい)・胆管合流異常があります。
膵・胆管合流異常とは、膵管と胆管が十二指腸の手前で合流する、先天性の形成異常です。
膵液と胆汁の逆流が起こることによって、胆道や膵臓にさまざまな病態を引き起こすことが知られています。
そのため膵・胆管合流異常では、予防的胆のう摘出術が検討されます。

また、胆のうポリープで10mm以上あり、かつ増大傾向を認める場合、あるいは大きさに関わらず広基性病変(粘膜の表面からなだらかに隆起している病変)である場合は胆のうがんである可能性が高く、胆のう摘出術が推奨されます。
特定の生活習慣や食事と胆のうがんの関連については、今のところ明らかなものはありません。
胆のうがんが胆のう壁内にとどまっている段階では無症状であることが多く、検診の腹部超音波(エコー)検査や胆石症による胆のう摘出術で、偶然発見されることもあります。

3.症状
胆のうがんは初期の段階では無症状です。進行するにつれて以下のような症状が出てきます。
1)腹痛
みぞおちや右脇腹に痛みが出ることがあります。
2)悪心嘔吐(おうと)、体重減少など
胆のうがんに限った症状ではありませんが、これらの症状はがんの進行に伴い、出てくる可能性が高くなります。症状が長く続く場合は医師にご相談ください。
3)黄疸(おうだん)
がんが進行してくると黄疸の症状が出ることもあります。がんが大きくなることによって胆道が狭められ、行き場のなくなった胆汁が血液中に流れ出すようになります。胆汁に含まれているビリルビンが血液中で濃度が高くなり、皮膚や目の白い部分が黄色くなります。これを閉塞(へいそく)性黄疸といいます。自分の顔色の変化を自覚することは意外と難しく、実際には以下の症状がきっかけとなり、発見に至ることが一般的です。

4.疫学・統計
わが国の2013年の胆のう・胆管がん死亡数は男性約8,900人および女性約9,300人で、それぞれがん死亡全体の4%および6%を占めます。
2011年の胆のう・胆管がんの罹患(りかん)数(全国推計値)は、男性約12,300例および女性約11,400例で、男女ともにがん罹患全体の3%を占めます。

胆のう・胆管がんの罹患率の国際比較では、日本人は他の東アジアの国、アメリカの日系移民、欧米人に比べて高い傾向にあります。

画像・引用:国立がん研究センターホームページ より抜粋

参考)がん闘病したプロ野球選手まとめ

大沢さんだけでなく、プロ野球選手には、これまでがん闘病を経験された方が多くいらっしゃいます。

昨年2018年には、闘将・星野仙一さん、鉄人・衣笠祥雄さんも、がんによってこの世を去りました。

また、現在は解説者として有名な大島康徳さんは、最も進行した状態を表す“ステージ4”の宣告を受けながらも、積極的にブログを更新したりプロ野球の解説も行うなど、がんと向き合い闘病生活を送っています。

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