野際陽子さん、肺腺がん闘病の経緯…女優としてのプロ魂とは?

2017年に亡くなった女優の野際陽子さんは、2014年、78才の時に肺腺がんと診断されました。

野際陽子さんと言えば、NHKの人気女性アナウンサーから女優へと転身した異色の経歴を持つ大物女優でした。

現在30代、40代の方にとっては、1992年に放送されたテレビドラマ『ずっとあなたが好きだった』(TBS系)で野際さんが演じた賀来千香子さんの姑役のイメージが強いのではないでしょうか。

佐野史郎さん演じる息子・冬彦を溺愛する姑役を演じて以降、着物を着た姑役として『スウィート・ホーム』、『長男の嫁』などT多くのBSドラマの常連となりました。

今回は、女優・野際陽子さんのがん闘病の経緯をご紹介します。

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野際陽子さんのプロフィール


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●生年月日:1936年1月24日(2017年6月13日/81歳没)
●出身地:石川県河北郡津幡町
●身長:163 cm
●血液型:A型
●所属事務所:ラヴァンス

3歳から東京都杉並区で育ち、立教女学院中学校・高等学校を経て、立教大学文学部英米文学科に入学した野際さん。
あの巨人の長嶋茂雄終身名誉監督(81)とは、立教大学の同期だったそうです。

野際さんは、大学在学中、“初代ミス立教”にも輝きました。

NHKの人気女子アナから女優への転身

1958年、大学卒業後は、アナウンサーとして合格率0.3%とも言われた狭き門を通過しNHKに入社。

名古屋放送局、そして1960年からは東京放送局に所属し、美人アナウンサーとして司会のレギュラー番組を持つなど順調な活躍ぶりでした。

しかし、1962年、26才の時に、NHKを退職。その後は、広告代理店での勤務やフリーの司会者として活躍しましたが、1963年放送のドラマ『悲の器』で女優デビューを果たします。

当時、野際さんが司会者として出演していたTBSのテレビ番組のプロデューサーに女優をすすめられたそうですが、野際さんも大学時代から劇団に所属していたこともあり、女優への転身は、野際さんにとっては自然な流れだったのかもしれませんね。

1968年、野際さんが出演したドラマ『キイハンター』(日本テレビ)は視聴率30%以上を記録し、その後も5年間にわたって放送されるなど一世を風靡。

野際さんは、歌手として同ドラマの主題歌「非情のライセンス」も担当しました。


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1972年には、俳優の千葉真一さんと結婚し(1994年、離婚)、1975年には真瀬樹里さんを出産します。

(写真は、親子2ショットでグラビアを飾った雑誌)

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1992年には、『ずっとあなたが好きだった』にヒロインの姑役で出演。野際陽子さんの息子役・佐野史郎さんが演じたマザコン息子との掛け合いが話題を呼び、ドラマは社会現象にもなりました。


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野際陽子さんの肺腺がん闘病の経緯

野際さんは、2014年、78才の時に肺腺がんと診断され手術をしました。

翌年2015年、がんが再発し、再び手術を行い腫瘍を摘出。

その後は、抗がん剤治療も行っていたそうです。

 

2016年からは、テレビ朝日系の昼ドラマ『やすらぎの郷』にも出演していましたが、撮影中に体調を崩してしまいます。

しかし、野際さんは、女優としてのプロ意識から、がんであることは公表せず、2017年まで撮影に参加。

撮影の合間には酸素吸入器を付けるなど、女優としての仕事を全うしました。

 


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そして、2017年の5月に肺炎を併発してしまい、6月13日、都内の病院で永眠されました。

娘の真瀬樹里さんは、最期、野際さんは樹里さんの腕の中で亡くなったことを明かしました。

 

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