『紅の豚』加藤登紀子さん、乳がん闘病していたことを告白…現在は?

歌手の加藤登紀子さん(74)が、1990年に乳がんが発覚し、がん闘病していたことを9月24日19時~放送予定の「加藤登紀子の地球に乾杯!」(ラジオ関西)で明かしました。

1990年11月、左胸にしこりを感じたことから検査を行い乳がんが発覚。当時、加藤登紀子さんは46歳。

翌年1991年に左胸の一部を摘出する手術を行い、乳がんを克服していたことをラジオで約30年の時を経て明かしました。


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加藤登紀子さんと言えば、20代や30代の世代の方の多くは、宮崎駿監督のスタジオジブリ映画『紅の豚』を思い浮かべるのではないでしょうか。

加藤さんは、同映画のヒロイン、マダム・ジーナ役の声優として、さらに歌手として映画の主題歌・エンディング曲も担当し、幅広い世代に多くの感動を与えました。

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夫・藤本敏夫さんの癌(がん)闘病を支えた加藤登紀子さん

加藤さんは、1972年に学生運動の実刑判決で獄中にいた藤本敏夫さんと結婚します。

夫・藤本敏夫さんは、1998年に大腸がんを患いましたが、手術によって克服。

しかし、その3年後、深刻な肝臓が発覚してしまいます。

藤本さんは、肝臓の3分の1を摘出する手術を行ましたが、その後、さらに転移していたことも判明…。

加藤さんは、夫・藤本の壮絶ながん闘病生活を支えてきましたが、2002年、藤本さんは永眠されました。

加藤さんは、これまで夫のがん闘病を明かすことはあっても、ご自身の乳がん闘病については明かしてきませんでした。

加藤登紀子さんのプロフィール

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加藤 登紀子(かとう ときこ)
●生年月日:1943年12月27日
●出身地:満州国・ハルビン市
●学歴:東京大学文学部西洋史学科卒業

加藤さんは、1966年、ポリドール・レコードから『誰も誰も知らない』でデビュー。
同年に発売された『赤い風船』で、第8回日本レコード大賞新人賞を受賞しました。

そして、1971年に発売された森繁久彌さん作詞・作曲の『知床旅情』はミリオンセラーを記録し、第13回日本レコード大賞歌唱賞も獲得します。

1988年、90年には、ニューヨークのカーネギーホール公演を成功させるなど世界各地でコンサート活動を行い、1992年には、芸術文化活動における功績に対してフランス政府からシュバリエ勲章が贈られました。

近年は、FUJI ROCK FESTIVALに毎年出演するなど、世代やジャンルの垣根を越えた音楽活動を続けています。


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