和田アキ子さんの子宮がん闘病 ―”子供と一緒に歌のが夢だった”

“芸能界のゴッド姉ちゃん”とも呼ばれ、芸能界のご意見番として元気で力強いイメージのある和田アキ子さん。

和田さんは、1968年、18才の時に歌手デビュを-果たし、1972年には名曲『あの鐘を鳴らすのはあなた』で日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞します。そして、NHK紅白歌合戦には、1986年から2015年まで30年連続出場するなど、現在まで長年に渡り活躍をされている日本を代表するTHE・芸能人です。

しかし、そんな華々しい芸能生活の裏側で、和田さんは、1981年、31才の時に子宮がんにかかります。後に、―「もう死にたい 」と思ったという当時の心境を明かした和田さんの子宮がん闘病とは?

今回は、和田アキ子さんの子宮がん闘病の経緯についてご紹介します。

【プロフィール】
●出身地:大阪府
●誕生日:1950年4月10日
●デビュー:昭和43年10月25日
●趣味:ゴルフ、 料理、読書
●レコード会社:テイチクエンタテインメント

画像・引用:所属事務所ホリプロ公式HPより

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和田アキ子さん、子宮がん闘病の経緯

●1981年 8月、子宮にがんが見つり、子宮摘出手術を受ける。手術から10日後に復帰。

結婚からわずか2か月後のがん発覚

和田さんは、1981年の6月に、主演ドラマのスタッフだった3歳年上のカメラマン・飯塚浩司さんと入籍。
大の子供好きだった和田さんは、新婚当初から子供を熱望していたそうです。
しかし、そんな幸せの絶頂だった結婚のわずか2か月後に子宮がんが見つかります。

和田アキ子さんの夫・飯塚さんの愛情

がん闘病から36年以上が経った2017年10月、和田さんは、テレビ出演した『1周回って知らない話』で当時の経緯や心境を告白します。

1981年、がんの疑いで検査入院をしていた和田さんでしたが、すぐに手術をしないと転移の可能性もある状態だったことが判明し、夫の飯塚さんは、和田さんの相談なく子宮全摘出の手術に同意。無事に手術は終えたもの、和田さんは、子供が産めなくなってしまいます。

夫の飯塚さんに対して、「てめえに権限があんのか、このやろー!」と取り乱してしまったそうですが、飯塚さんは、「子供も好きだけど、アコはもっと好き、元気でいてほしい」と和田さんを説得したそうです。

その言葉に和田さんは一旦は気持ちの整理がついたものの、和田さんのお母さんに代理出産ができないか相談するほど大きなショックを受けていたこと明かしました。「子どもができたら一緒に歌うのが夢だった」という和田さんだっただけに、夫の飯塚さんも苦渋の決断だったことは想像に難くありません。

 

現在の和田アキ子さんの活躍のウラ側には、和田さん自身の苦悩や葛藤、そして、旦那さんの大きな愛情があったんですね。