手塚治虫さんが闘病したスキルス性胃がんって?最後の言葉…「頼むから仕事をさせてくれ」

“漫画の神様”・手塚治虫さんも、がん闘病した有名人のひとりです。

手塚さんは、60才の時、スキルス性胃がんにより亡くなりました。

亡くなる前も病院で3作もの作品の連載を続けていたという手塚さんの闘病についてご紹介します。

【プロフィール】
●手塚 治虫(てづか おさむ、本名:手塚 治(読み同じ)、1928年(昭和3年)11月3日 – 1989年(平成元年)2月9日。
●大阪帝国大学附属医学専門部を卒業、医師免許取得、のち医学博士(奈良県立医科大学・1961年)。
●血液型:A型。
●出身:兵庫県宝塚市出身(出生は 大阪府豊能郡豊中町、現在の豊中市)、同市名誉市民。
●代表作品:『ジャングル大帝』『鉄腕アトム』『リボンの騎士』『火の鳥』『どろろ』『ブラック・ジャック』『三つ目がとおる』『アドルフにつぐ』他。

スポンサードリンク



手塚治虫さん、がん闘病経緯

●1988年3月 59才の時、胃の不調を訴え、手術を受ける。5月に退院し、仕事に復帰。
●1988年11月 上海でのアニメーションフェスティバル終了後に倒れ、帰国し、半蔵門病院に入院。スキルス性胃がんと診断される。(当時の習慣から、本人にがん告知はされなかった)
●1989年1月末 昏睡状態に。
●1989年2月9日 半蔵門病院で死去。享年60才。

手塚治虫さんが闘病した「スキルス性胃がん」って何?

手塚さんが胃の不調を訴えてから亡くるまで1年足らず。

手塚さんを襲ったスキルス性胃がんとは、どのような病気だったのでしょうか?

スキルス性胃がんとは?

胃がんは、日本人に最も多いがんで、日本人のがん患者の方の約20%が胃がんと言われていますが、
スキルス性胃がんは、その胃がんの種類のうちの1つです。

スキルス胃がんは、胃がんの10%前後を占めており、女性や若年者の胃がんにもみられます。
がんの進行に伴い吐き気や上腹部痛、上腹部膨満感など、さまざまな症状が出現しますが、スキルス胃がんに特有の症状はありません。

また、スキルス胃がんは、胃の壁の中をしみこむように浸潤し、粘膜の表面にはあまりあらわれないため、内視鏡検査でも診断が難しいことがあります。

引用:国立がん研究センター がん情報サービス 胃がん

「頼むから仕事をさせてくれ」が最後の言葉

手塚さんは、入院中も奥さんや先生の制止を振り切り、痛み止めのモルヒネを打ちながら漫画の連載を続けていたそうです。
亡くなる数週間前には昏睡状態に陥ってしまいますが、意識が回復した時には奥さんに「鉛筆をくれ」と言っていたそうです。

そして、手塚さんの死に立ち会った手塚プロの松谷社長によると、手塚さん最後の言葉が「頼むから仕事をさせてくれ」だったと言います。手塚さんの漫画への魂を感じさせるエピソードです。

手塚さんが病床で書いていた作品の1つ『ネオ・ファウスト』は、未完のまま終了となった作品です。

その作品の登場人物のひとり、坂根第造は、医者や周囲の人間からの気遣いから胃潰瘍だと告げられながらも、自身では胃がんと知りつつ死亡するという内容が描かれています。

この登場人物のように、手塚さん自身も胃がんということは告知されていませんでしたが、きっとご自身の死期を感じていたのかもしれないですね。

それでも最後まで漫画作品に命を燃やした手塚さんの魂は、現代の日本のマンガ・アニメーションのクリエイターに引き継がれていることでしょう。